Exhibition Vol.2 (2015)

KOTOBUKI

「寿(ことぶき)」とは、結婚や出産、入学や卒業、様々な人生の節目はもちろん、
日々のちょっとした嬉しい出来事や正月、お祭りなどの年中行事にも当てはまる、身近な存在です。
言葉や食べ物、色、道具、モチーフや、海外の文化など、
様々な寿にまつわる事象からアプローチした様々な作品を通して、幸せな瞬間を彩っていきます。
京都展
日時 2015年10月13日(火) - 18日(日) 12:00〜20:00
※17日、18日のみ19:00まで
(レセプションパーティ:10月17日 19:00〜)
会場 MEDIA SHOP gallery
〒604-8031 京都府京都市中京区河原町通三条下る大黒町44 VOXビル1F (Map)
東京展
日時 2015年10月31日(土), 11月1日(日) 12:00〜18:30
(レセプションパーティ:10月31日 19:00〜)
会場 レンタルスペースさくら 中目黒
〒153-0061 東京都目黒区中目黒2丁目5−28 (Map)

Works

祝いのフィニッシャータオル

相田 将明

フルマラソンの完走者だけが手にすることができるフィニッシャータオル。多くの人が記念撮影をしたり、大きなタオルが嬉しい瞬間を盛り上げてくれる。
フィニッシャータオルをマラソンだけでなく「長いことを頑張った行為を讃え、祝いをより盛り上げてくれるもの」と捉え、様々なシーンに転用した。出産祝いとして妊娠期間十月十日の長い間、様々な我慢をして頑張ったお母さんへ。定年祝いに何十年という長い間、家族や社会のために懸命に働いてきたお父さんへ。また、この一年間、saidoの展示に向けて頑張ってきた自分たちや展示に関わるすべての人へ。

Happy Dowser Bird

青野 信仁

Happy Dowser Birdは日常にちょっとした幸せをもたらすデバイスである。
一定間隔でウェブ上の幸せ系ツイートをランダムに抽出することで、世界中の幸せをキャッチし、幸せな人がいる方角を示す。
イメージや文字を削ぎ落とした情報から、世界中の幸せをぼんやりと感じることができるだろう。

花の食卓

秋山 慶太

「花を贈ること」は、他社に対する祝いや感謝、愛の表現として広く行われてきた。また、美しく美味しい食事を通して人を祝うことも、私達にとっては当たり前のことだ。
しかし、「花を食べる」ことは、人にとって何故か抵抗のある行為になる。
「花」と「料理」という普段は交わらない寿の要素を皿の上であえて組みあわせたものを描き、不思議な「祝い」の場面を映し出す。

赤と白/リバーシ

石上 諒一

「木には赤と白がある」
芯に近く色の濃い部分を心材(赤身)、樹皮に近い周辺部で、比較的淡色な部分を辺材(白太)と呼ぶ。 熱帯アフリカ産の常緑広葉樹「ブビンガ」は、心材と辺材がはっきりと分かれている。赤と白だ。
真っ直ぐでないその境界線は、人工的加工を加えると曖昧になる。意外と知らなかった木材の「寿」、加工することで感じる「表裏」ではない赤と白。リバーシは、表と裏のある明確なプロダクトだ。その常識を逆手にとることで、自然的に曖昧になる二つの部位も感じてもらえるのではないかと試みた。

いわいがた【型/形】

秋山 慶太 / 石上 諒一

「いわいがた」は、日本の吉祥文様をモチーフとした菓子木型と和菓子のセットである。
伝統的な和菓子である落雁は、桜や橅などの木を彫った型から作られる。高い技術から生まれる木型は非常に美しいが、消費者の目には触れない存在だ。
この作品では木型(型)と菓子(形)を一対のプロダクトとして扱い、「型そのもののデザイン」を考えることで、裏方的存在であった菓子木型に商品としての価値を与えることを試みた。

金岡 千賀子

雨の日の花嫁は幸せになる。
こんな言い伝えを知っているだろうか。
結婚式の日に雨だなんて縁起が悪い。と思うかもしれない。けれど、ヨーロッパでは古くから言い伝えられている言葉に「雨の日の花嫁は幸せになる」というものがある。
結婚式の日に降る雨は、これから2人が流すであろう辛い涙を神様が代わりに流してくれているというのだ。きらきらとした雨粒、隅々まで照らす稲光をそれぞれ照明に落とし込んだ。これから新たな人生を歩む人々を、優しく祈る様に降る雨の照明。

Merci祝く

川那部 晋輔

身近な人と、花とラッピングを通じて日常でさやかにめでたかったことを共有していく提案である。
例えば『 友達の家に初めて招待された』という経験はささやかだが、なんだかめでたい。なんでもない小さなコトかもしれないが、積み重なれば大きなコトへ変化していく。
そう、花を渡した人受け取った人にとって、ささやかにめでたいこと=寿になりえるとともに、次の寿に繋がるきっかけとなることを願っている。
寿のきっかけは日常に溢れている。

祝 花金

鹿野 峻

毎日仕事に励む、全てのサラリーマンへ。一週間頑張ったご褒日として、金曜日を祝いの日にしよう。
花金グッズに、カレンダー・お祝い袋・ウィークリーメモを展開しました。お店のキャンペーンやイベント等に発展することも想定した。小さな寿の日をつくり、小さな達成を祝うことで、何気なく過ぎてゆく日々から、楽しみのある日常へと少しづつ変わっていく。

寿く水

髙田 翔太

自然の事物、特に水については、古くから人々の中で畏敬の念を持って扱われ、神の対象物になったり、祭りの起源になっていたり、また祝いの場面で多く登場するモチーフである。
その水(水滴)の形をした氷が溶け出していき、布上に「青海波文」という水の波の文様が描かれていく。「青海波文」は静かな波を表して絶え間なく広がっていく波の力と永続性を表し、末広がりの「扇」の形からも、吉祥文様として縁起の良い柄とされてきた。
日常の生活の中でもよく見かける文様であり、日本だけでなく世界各地で扱われる文様である。

Floral Lantern

中尾 知世

1日を無事に終えれたことを祝うテーブルライト。
夕飯の食卓は1日の終わりを彩る華やかな場でありたいと思っている。
そこで、夕飯の食卓を華やかな光で包んで、自分や家族が無事に1日を終えれたことを祝うプロダクトを提案する。

拍手をあびるシャワー

なかよし

「拍手をあびるシャワー」は、拍手の音がシャワー のように降り注ぐ装置。
一般的に“拍手”は他者からの賞賛によって生まれる受動的な事象だが、自分で自分を褒めてあげたい日もあると思う。
そんなときに、蛇口をひねって自分に対する賛辞を浴びるという拍手の新しい形を提案する。 この展示を体験することで、自分自身を褒めてあげたいことがあった時、普段使っているシャワー の音もあなたへの賛辞に聞こえてくるかもしれない。
自分で自分を祝う新しい習慣。日常を少し特別な日へ。

のしにゃー

橋本 綾香

普段結婚式などの行事で使用するご祝儀袋の右上に付いている「熨斗」から生まれたキャラクター「のしにゃー」。
お祝い事の度に目にする身近な存在であるにも関わらず、ご祝儀袋そのもののデザインについて、どういう意味を持っているかを考えたことがある人は多くないと思う。
のしにゃーは、熨斗の持つ意味を知ってもらうために生まれてきた。また、普段の生活でも小さな「祝い」の思いを気軽に使えるツールとして「のしにゃー」を使ってもらいたい。

むすびうどん

daiqei

白いお皿をご祝儀袋に、紅白のうどんを水引に見立て、その水引の結び方で多く用いられる「あわじ結び」という方法で結んだもの。
あわじ結びも、うどんも、それぞれ送る人のこれからの幸せが込められているものとしてお祝い事に使用される。
それぞれが持つ幸せを重ねがけして、更に幸せを呼び込む。

moccu

jolo

言葉による祝福は言祝ぎと呼ばれ、それは寿の語源と言われている。また、祝いの場には必ず言葉が贈られる。言葉自体に形はないが、私たちの生活において幸せを伝える媒体であり、贈る側や贈られた側、そしてその周囲にも幸せの連鎖を生み出す。
本作品は、その連鎖のように幸せな気持ちが 伝搬して行く様子を雲に落とし込んだ。 晴れ渡った広大な青空に、浸透し広がり流れる雲を連想させたからである。 温かい祝いの言葉により動き出すゆるやかな雲の流れを感じてほしい。

Eternally

yonanp

人工のモノには制限が付き物です。制限はカタチの必然性に繋がりますが、制限のないことはモノと人ににどのような影響を与えるのだろう。
Eternallyは長さの制限を無くしたことで生まれるモノが人に与える影響の実験です。無限の表現としてセラミック工法の泥漿鋳込みに注目しました。通常であれば型一杯に泥漿を注ぎ込み乾燥後、口は切り取りますEternally は型を積み上げて行くことで、注ぎ込む量を制限せずどこまでも伸ばしていくことができます。この方法で口は注いだ状態のカタチとなり、モノ単体でも無限を示唆する表情を実現しました。

ことぶきアイス

302design

「ことぶきアイス」は。紅白カラーのアイスキャンディー。
食べ進めると。アイスの棒に”ことぶき”の文字が刻印されており、あたりを引いたときのようなめでたい気分になる。
アイスというモチーフは「小さな贅沢」や「自分へのご褒美」など、ささやかな幸せの対象にされ、ことぶきアイスもそういった身近な生活の中に寿をもたらすことを意識した。

中に何か物を入れられるグラス

302design

ガラスの底面に、ものを入れることができる部分を作成。
例えば、「季節の花」を入れてパーティーのテーブルを飾ったり、結婚式で「手紙」を入れて気持ちを添えることができる。 このグラスがあることぶきの場が、これまでよりも少しだけ良い時間を過ごすことのできる、そんなグラスである。